だいたいのことはひとりでも楽しい

一番大切にしていることは「精神衛生」です。

HSPの講演会/映画上映会 備忘録

先日、住んでいるところの比較的近くでHSPのイベントが開催され参加してきた。関東地方とはいえ、最近ホットな話題のイベントが、この県内で開催されるのは結構まれ。主催者様方、ありがとうございました。

 

まずはHSP映画上映。HSPの提唱者エレイン・アーロン博士のドキュメンタリー主体の映画だ。日本語字幕で観るには、いまのところこうした上映会で見る他はないとのこと。

まず、この映画作品で最も印象に残ったシーン。それは、男の子(おそらくHSC)が、両親の言い争いの様子を部屋の隅で見ている(これは再現ドラマのようだ)。母親は、HSCの知識があるのか、息子の繊細さを受け入れているようだが、父親のほうはそうではなく、男の子はフットボールなどのスポーツをやるべきだ、といわゆる「男らしさ」を求めている。そんな中、夫婦でセラピーを受け、実は、その父親もHSP(見た目の感じはそうでもない・・)であり、そんな自分が嫌だったのだろう、息子にはそうなって欲しくなくて母親とぶつかっていたのだ。受け入れ難い自分の資質を受け入れることの難しさ。セラピーを受ける前は、私も映像を見ていて、なんてひどい父親だ!と思っていたが、自分自身への葛藤、怒りが根底にあったのだと解ったら涙が出てきてしまった。また、この男の子がもしLGBTQの当事者だったとしたら…、と思うとより辛い気持ちになって観てしまっていた。

LGBTQとHSPを比較してみると、変えられない気質という共通の要素の面で近い反面、とんでもなく遠くもある気がする。LGBTQといっても、Tは受け入れざるを得ないのではないかと思われるので、自分のLという属性をとって考える。「HSP」という位置づけはすんなり受け入れられ、むしろ救われたような気分になった。これまでは、自分が取るに足りない人間、社会不適合者、内気で人見知り、雑談も苦手だし、人付き合いも苦手。友達も少ないし、1人で過ごすのが落ち着くし好き。すべて、その反対の人間になりたいと思っていた。でも、他にも同じような人がたくさんいて、もしかしたらHSPだったのかな、と思える、過去に出会った人たちも思い出され、仲間意識も出てくる。脳がパカッと開いて、新しい空気に触れたような感覚だった。

しかし、Lについては、ずっと認めたくないと頑なに否定していた。そんなんじゃない、と思っていた。世の中にも割といるんだ、ということがデータで分かった頃にはもう受け入れていたが、それ以前はこんなに少ない、珍しい人物、人に言ったら眉をひそまれるような存在だなんて、絶対に認めたくなかった。

当事者であることをすんなり受け入れられるかどうかが、まるっきり違うところが、遠くにあるという所以だ。社会の目、のせいかもしれない。社会の目とは、人の目。私自身が否定していたわけだから、他の人たちもそうだろう、と感じてしまう。そうじゃない人もいるかもしれないが、大多数は驚くことだと思う。だから、「自分はHSPだと”カミングアウト”」などと書かれているものには違和感を感じる。それがカミングアウトか?って。”カミングアウト”という言葉、昨今よく使われるが、今だにドキッとする言葉だ。おそらくLGBTQ当事者は敏感に反応する言葉だと思う。

話は逸れたが、LGBTQもHSPと同等くらいの属性になって欲しいなと思う。

 

そして講演会。スピーカーはHSPの子を持つ、ご自身もHSPである女性で、各地で講演をして周っていらっしゃる。声や話し方のトーン、スピードがとても心地よいかたで、ずっとお話を聴いていても飽きないかもしれないと思った。そうした音に対する敏感さもHSP当事者さんゆえに考えられていると感じた。そして、講演の中で印象深かったことを箇条書きで書き出す。

 

HSPは遺伝であることが多い

・HSSは、アクセルとブレーキを同時に踏んでしまっていて、途中でしんどくなるタイプ

・「清水(きよみず)」という単位(後述)

・飲み会の2次会をうまく断る方法(後述)

・HSCは、精神年齢が高いとされている。+5〜8歳くらい。

・幸せというのは、脳や心で感じるというよりも、内臓から感じる(!)

 

などなど。きちんとレジュメも配布されていて、「学習」という面もあった講演だった。

「清水」というのは、”3清水”、”100清水”などと使うらしい。スピーカーさんの周囲のHSPさん仲間が使っているそうだ。どう使うかというと、「清水(きよみず)』とは、「清水の舞台から飛び降りる」の「清水」。どれくらいの覚悟、勇気がいるかを数字で表しているとのこと。こういう細かい単位を作るというのは面白い。人間が違えば、その清水の舞台の高さ概念も違うだろうし、測れない量的なものを「見える化」すると、よりその人のこの感覚が掴みやすいだろう。”100キヨミズ”は相当な勇気なのだろう。

そして、2次会をうまく断る方法。その飲み会参加者の中で、1人でも信頼できる人にあらかじめこう言っておくのだ。「途中で帰るかも」。「かも」が重要。もしかしたら盛り上がって行くかもしれないし、というのを匂わせておく。2次会に行く気満々な人に、飲む前から行かない、と言ってしまうと、なんだかテンション下げてしまいそうだから。そう言っておいて、いいタイミングでスッといなくなる。それが一番いい方法だそうだ。2次会って、行きたい人だけでいいじゃん、と思うんだがね。

 

ということで、濃度の高い半日を過ごせた。ただ、あんまりHSPを意識しすぎるのもよくないと思う。これまでの自分をなかったことにしないでやっぱり土台にして生きて行くんだと心した。

敏感くん

仕事をしておらず、好きなように過ごしていてストレスフリーのおかげか、白髪が目立つ頻度が減った気がする。以前は、週に1回はカラートリートメントをしないと、前髪部分の白髪が目立つようになってきていた。今は2週間に1回といったところか。家族以外の人に会わないし、ボサボサの髪じゃなければ、白髪があっても別に構わないんだけど。

 

さて、タイトルの「敏感くん」は、HSC(Highly Sensitive child)のこと。NHK-EテレETV特集で放送された「敏感くんたちの夏」を観た。以前にも放送された番組の再編と、出演していた子の現在を追ったものだった。前回の放送は、私がまだHSPという言葉を知らない時に、番組表をチェックしていて気になって録画した番組だった。そこに出ていた北海道に住む元気くん(初回では小6)の生活を追ったもの。中学1年生になった彼は、小学校から学校生活に馴染めず、なんとか午前中の2時間だけ登校している、といった状況だった。共感力など敏感すぎて疲れるし、緊張するという。私は自称HSPだと思っているが、彼ほどではないなと思った。しかし、彼のすごいところは、それを自分で自覚しているし、言語化も優れているというところ。「○○が・・・だから、こうだろうなと思って、言いたかったけど気を悪くしちゃいそうだと思ったから言わなかった」といったように、自分がどう捉えているからこう言えなかった、できなかったと客観視できている。学校の勉強よりももっと他の何かに突出して優れているののではないかと思うので、心理学の研究とかそういったことに特化してやっていったらいいのでは、と勝手に思ってしまった。

そして、目を見張る変化があったのは、元気くんの祖母の変化。他の子と同じように学校へ行って、同じように友だちと遊んで楽しく過ごしてほしいという願いがあったが、元気くんはどうしてもそれができない。そこで、孫と祖母、一緒に1日を過ごしてみて、それぞれがこの時にどう感じたかをそれぞれのノートに書き出してそれを見せ合う、ということをしてみる。すると、それぞれの感覚はこんなに違っているだとわかり、そして、きっとHSCのことも勉強されたのだろう、「今は、通信制の高校もあるし、、」と元気くんに寄り添う方へと気持ちが変化していったのだ。これは元気くん本人もうれしかっただろうと思う。学校に毎日通えなくても大丈夫。それに、彼は自分の気持ちをきちんと言語化して伝えられているから、そんなに心配いらないかもしれないと思うのは楽観視し過ぎかしら。

そして、やはり何よりも心が安心するのは、同じような仲間がいるということがわかること!これは大人も子どもも同じなのではないかと思う。自分だけじゃないんだ、という気持ちだけで乗り越えられることはたくさんあると思うから。

 

図書館と行きつけの店

タイトルは、ただ今日行った場所のこと。

図書館は、本好きにとってはワンダーランドだと思う。鼻息荒く、DVDと本を借りてきたぜ。また、中野信子先生と、小島慶子さんのとジェーン・スーさんの著書。どれも女性有名人だ。小島慶子さんについては、ツイッターをフォローしていて、よく書いてらっしゃるのを見るが、著書を読むのは初めて。本を借りてきた日って、すごくルンルンする。

 

さて、今日は前の職場の女性からLINEをもらって、いつ送別会をやるかの会話をした。送別会とは私のためのもの。彼女は私がいたところと部署が違うのだが、家が近所なので、犬の散歩中にバッタリ会うこともしばしばあったし、入社当時から親しみを感じていた人だ。そして、参加するもう1人の女性もその人と同じ部署で、たまに話していた人。とは言え、そんなに共通の話題はなさそうだから、飲み会などやったとしても何を話すのかなと思っていた。けれど、昼カラで飲むということになり、内心ホッとした。もし普通の居酒屋飲み会だった場合、私以外の2人とも家庭持ちなので、旦那や子どもの話とかばかりだったら、私にはちょっと寄りどころがなくなるだろうと思ったから。なにかやるのであればその方がパッと切り上げられてありがたい。いやいや、遊ぶのが嫌なんじゃないのよ。お友達少ない私を誘ってくれるのはありがたいことなのだ。ただ、緊張するだけ。HSPの特性として、「雑談が苦手」というのがある。まさにその通りで、私が自分から無理くり絞り出した雑談を振ったとしたら、相手の顔が引きつるんじゃないかってくらいだ。職場とかで深い話に持っていこうなどとは、もちろんしないし、私の興味持ってることは他の人にはつまらないだろうと思ってしまって、口をつぐむのが常だ。

 

とりあえず、カラオケは私がファンであるということを知られている欅坂を期待通りに歌って踊って、みんなの歌も聴いて飲んで食べてだな。コロナは大丈夫だと思う、そう願う…。

読書

資格試験が終わったらやりたかったことの一つの読書。毎日「今日はどれからいこう」と数冊の中から選ぶ瞬間は幸せ。お金をかけずに幸せを得られる人間です…。

 

昨日は西加奈子著『さくら』を読み終えた。西さんの小説を読むのは何冊目だろう。映画化されたものとか、そういうきっかけで図書館で借りて読んできた。この作品も11月公開予定の映画を観たいなと思ったことがきっかけ。主人公・薫の妹役が小松菜奈さんで、こないだ観た映画「閉鎖病棟」の演技がよかったのと、欅坂46小林由依の恋の相手役だということでこれは観なくては、と思ったのだ。全体的には元気だけど悲壮感のある物語。映画館で観られるかな。

sakura-movie.jp

 

そして、今日書きたかったのは、中野信子著『人はなぜ、他人を許せないのか?』。脳科学や心理学の観点から書かれた本だが、私が印象に残ったのは2点。

 

1.(いわゆるネット上の「炎上」について述べた上で)

私自身はこうした状況を多くの場合、時間の無駄と感じてしまうため、SNSの世界にはほぼ足を踏み入れていません。参加せずに少し引いたところから観察すれば、SNSが「(ルールに則らない何かを)許せない」という人間の感情を可視化したことは確かです。

 

2.「一貫性の原理」

 ‥人間は、自分が言い続けてきたこと、やり続けてきたこと、信じ続けてきたことをなかなか変えられない。そして、それまで見せてきた自分と矛盾しないように振る舞わなければならないという根拠のない思い込みに、無意識に縛られている。

 

 ‥人間自身が本当は一貫していないという現実がある。

人は、なぜ他人を許せないのか?

人は、なぜ他人を許せないのか?

  • 作者:中野信子
  • 発売日: 2020/01/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
  1. は、中野先生らしいと思った。「時間の無駄」と斬るところ、ステキ…。私もこのところSNSを見ることはかなり控えている。日常で、「あ、これインスタに載せよう」「インスタに載せるためにこれ食べよう、買おう、作ろう」とか、そんな事ばかり考えてしまっていた。TwitterでもFacebookでも、これに「いいね!」したら「この考えに同意の人」だと思われるだろうなど、どう思われるかばかりを無意識に考えていた。ふと気づくと、なんだかバカバカしい。視覚も聴覚(言葉は声で入ってくる)も疲れる元じゃないか。HSPなのに、自ら疲れに行っているようなものだ。もっとやりたいことをする時間に集中しよう。そう思って、今は毎日過ごしている。
  2. は、そのまま、本当にそうだなと思った。頑固な人だけではなく、やっぱり自分で言ったことはなかなか変えたくないもの。もっともっと柔軟にいきたい。黒やグレーが好きだったけど、いやピンクもなかなかいいし、パステルカラーも今流行ってるみたいだし、そういう服もパッと明るい印象になるかもって。猫派と犬派とか。こだわりも大事だけど、そこはバランスかもしれない。中野先生も書かれていたけれど、AIによって「こういう人物はこういう傾向がある」などという成果が出たとして、そもそも人間に一貫性がないのだから、そのAIが作り出した人物像は、やはり的を得た人間ではない。

 

 そういう知識を持っていても、とにかくうまくことが進まないことがあるのは人間の多様なところ。そして、やはり脳科学、心理学というのは面白いな。たくさんの本を読みたい。

8/31

昨日今日と生理痛でぐったり過ごした。こういう時に家にいられるのはありがたい。

私の生理痛の症状は、とにかく腰周辺のどんより感、倦怠感。人それぞれ症状が違うと思うが、私の場合は、食欲が増したり、吐き気がしたりはなく、とにかく腰回りのドヨーンとした感じに引っ張られて、気分的にも鬱になり、食欲は減退する。鎮痛剤が効けばいいのだが、服用しても2、3割症状が残っている時がある。季節やその時の体調などにもよるのだろう。それに、鎮痛剤も以前は「イヴA」で効いていたが、この1年くらいは「イヴEX」にグレードアップさせた。もう「イヴA」では効き目が薄くなってしまったようで、グレードと共に出費もかさむ。「イヴquick」になったら、もっと値段が高くなる。恐ろしや…。

 

この生理痛も、持病のようなもので、始まった中学生の頃からずっとこの痛みと共に生きてきた。生理痛のない人が羨ましいし、人生が違うと思う。これまで、これのために学校や仕事を休むこともあったし、スケジュールを変更したこともあった。命綱の「イヴ」錠剤は常にストックし、お財布にも最低2錠は常に入れてある。とにかく我慢しようがないものなのだ。過ぎ去ってしまえばケロっとしていられるが、渦中では地獄のさま。ひどい時期は、鎮痛剤も効かず、とにかくアルコールを飲んで痛みを散らし、眠気を最大限に呼び覚まして、ふとんに包まって気絶したように眠るという荒業で凌いでいた。

眠気も尋常ではない。きっと女性ホルモン的には、「休みなさいよー」という指令なのだと思う。仕事も勉強も何もかも休んでよー、と。

妊娠しないだろうと、生理が始まった頃から思っていたので、毎月やってくる全く厄介なイベントだ。できることなら子宮を取ってもいいくらいに思う、というのは不謹慎だろうか?

 

HSPPMS(月経前も中も含め)の関係はあるのだろうか。感覚過敏ということは、痛みに敏感という人もいるだろう。非HSPの人は、もしやこの生理痛にも耐えられる、とか?いやいや、こんなにしんどいのに?

とにかく、在宅ワークであれば、この毎月のしんどい時期には仕事をせずにぐったりしていられるかもしれない。わざわざ職場に電話をして「生理痛がひどいので休みます」と言わなくてもいいのだから(雇用型在宅勤務だったら申告しないといけないが)。

 

更年期の方がまだマシかもしれない。早く「あがって」ほしいと切に願う、生理についての話でした。

8/29

今日は土曜日だったが、変わるのはテレビ番組(志村動物園を観ている)くらいで、平日と特に変わりはない。

私の住んでいる地方は、ご多分に漏れず高齢率が高く、土日の人通りと平日の人通りにはあまり差を感じない。むしろ、平日の昼のほうが車も人も多い気がする。

 

さて、昨日からWEBデザインのオンラインコースをスタートさせた。アドビのアプリケーションもついているので、さっそくずーっと欲しかったイラレフォトショップをインストール。

とはいえ、そこまで使いこなせない。イラレで肩慣らしにパスツールで作ってみたのが↓のピクトグラム。こういうの、ネット上でたくさん落ちてるんだけど、素人が作るとなるとそう簡単ではない。チュートリアルから勉強しよっ!

 

f:id:doripp:20200829223049j:plain

pictogram

 

昨日、安倍首相が辞任を表明した。私と退職同期ということですね。

疲れとストレスですよね。わかります、わかります…。

2020年、気のせいかやめる人多くないかしら?欅坂46、嵐、とか(少なかった…。もっと思いついてたんだけど)。

 

計画していたこと。退職して試験も終わったら、HSPについての書籍を読んで研究しようと思ってはいたのだが、武田友紀さん著『「繊細さん」の幸せリスト』を買ったところで、他の分野へ興味が出てきてしまい、ちょっとお休み中。

 

今書きながら気づいたが、「今はHSPについての研究はお休み中」ということは、HSPならではのストレスからは解放されている状態ということではないか?!

職場でのストレスとは、生活、さらに言えば人生のストレスに他ならないのでは?

私は音に敏感なようなので、元の職場の機械音や人の大きい声、製品の荷物の出し入れをするトラックやフォークリフトの音など、途切れない音に囲まれていたせいか、毎日疲れていた。とはいえ、HSPという特性を知ったのは、つい3、4ヶ月前だから、それまでは、他の従業員も同じように疲れているのかと思っていた。週に5日間、そんな毎日では、みんな疲れてるよねって。でも、「疲れたー」と言いながら、勤続10年、20年とこなしている先輩方を見てると、すごいな、よく倒れないな、と思っていた。いや、でも、その特性のあるなしで疲れ方が随分違うんだろう。

 

自分が特別な人間だ、なんて思わないけど、ただ、仕事に自分を合わせるより、自分に仕事、働き方を合わせるという選択肢を選んでもいいのではないか。

私はそう思って、絶対にこれまでと同じ働き方はしない、ここで変えなければ堂々巡りだ、と思って、今、チャレンジしている。小幅だが、確実に前へ進んでいると信じている。だから、ニートとは言わないでほしいなぁ。

8/28

タイトルが日付って、だいぶめんどくさがりっぽいな。

しかしながら、ほんとうにめんどくさがりです。

 

今日は、運転免許の更新で警察署へ。地元での免許更新は初めてだ。さすがに、平日の朝8時半からの回は12、3人くらいで空いていた。なんだかんだで免許証は身分証明として何より大事だと思う。

マイナンバーカードも率先して作ってはみたけど、お財布に入れて持ち歩くのは紛失の時に怖い。免許証さまさまです。

あと、写真撮影の時に、2回くらい撮ってくれないかしら、という要望。プリクラみたいに「どちらがよろしいか」を訊いてくれたらいいのに。文句があるなら自分で持ち込めって話だけど…。

 

さて、在宅ワークにシフトチェンジしようと決心した理由は、おそらく自分に一番合う、持続可能な働き方なのでは?と思ったから。

それまで、自宅で働くと言ったら、「内職(何かの組み立てや宛名書きなどの軽作業)」「デザイナー」などしか思い浮かばず、無知だった。

これも、ネットの力だが、「テレワーク」「在宅ワーク」など、なにか調べたら次々に広告が現れるシステムになっている。まんまとそのシステムに乗せられたわけだが、「こんなにあるんだ!」と驚いた。しかも、政府が奨励しているとは!

自分の裁量でできるのなら、朝が弱い私にも(あの毎朝の地獄のような体の重さと気分を味わわなくてもいいのなら)、対人コミュニケーションや黙々作業が好きな私にも、これは向いていそうだと思った。それに、あまり得意ではない車の運転の通勤の回避、年齢が幾つになってもできそう、独身40代の居心地の悪さも感じずに居られる、という点もある。さらに、現在同居の高齢の両親は、まだ自分でなんでもできるが、これから先は何があってもおかしくない。私が自宅にいればサポートもできる。朝夕の犬の散歩にも行ける!という、私にはメリットしかない「在宅ワーク」。

ただ、まだ入り口に立ったばかりで、フリーランスの自営でやるか、雇用型在宅勤務を狙うか、今は見定めていない。パートタイムで働きながら、フラーランス案件をこなすという方法もある。

 

いずれにしても、スキルや経歴はまだまだこれから。